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追想

何かに息詰まったとき、ふと思い出す詩がある。
恩師が生前書いていた詩だそうだ。

「人間らしさをとりかえそう」

建築家と彫刻家が歩いていた

道端に転がっている大理石を見て、
建築家は良い土台石になるといい、
彫刻家はこの中にヴィーナスが眠っているとつぶやいた。

考古学者ならなんと言うのだろうか
地質学者ならなんと言うのだろうか

1つのものを見るのに
さまざまな見方が出来る
小さい子供の頃には
いろいろな見方が出来た

雲の流れにも水の流れにも
不思議と思う心が働いた
だから雲がキリンに見えたり
犬に見えたりした。

もっと小さい頃には
棒切れが1本あれば
またがって馬にし、
振り回して刀にし
砂に突き立ててタワーにしたりもした。

ところが
だんだん大きくなっていくうちに
いろんな見かたが1つの見かたに固まっていった。
そして1つのクセができていった

建築家の眼も彫刻家の眼も持ちたいものだ。
そうすれば、世界は変わって見えてくる。

さまざまな見方、さまざまな考え方
さまざまな感じ方が出来るということは
心が自由であるからだ。

1つの見方、1つの考え方、
1つの感じ方しか出来ないということは
心が不自由であるからだ。

心を自由に解き放して欲しい
そのためにクセを警戒するように
つとめてほしい


それが人間らしくということなのだ。

          原口 好博


自分自身が何か偏った感じをおぼえたとき、
この青い文字の部分を思い出すようにしている…

2006/11 haraguti sara
2006・11 原口氏:作

私が陶芸室で作陶をしていると、
横に座って、たった1度だけ、手のひらの上で粘土をこねて
壷を作って見せてくれたことがある。
「粘土はな…親指と人差し指のな、この感覚で作るものやな…」
「陶芸は、指先の感覚がな、ものをいうんやね…」
忘れてましたよ…先生の言葉。
亡くなられてもう4年、13日(火)は作陶はお休み、
出来れば、先生の家に伺って遺影に話して来る…つもり
「いろんな人に助けてもらって、こんなぐい飲み作れるようになりましたよ…」って
「来年は、もっとスゴイの作ってきますよ」って
好きだったお酒を注いで、自作ぐい飲みを置いて来よう。

先生は笑ってくれるだろうか…
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